戦国武将・多賀常則(たがつねのり)

情 報

多賀常則(たが つねのり)は、戦国時代から安土桃山時代にかけて活躍した武将です。出自や生年は不詳ですが、元服して新左衛門尉と名乗り、のちに伊予守を称しました。浅井長政、織田信長、羽柴秀吉、羽柴秀長という4人の主君を渡り歩き、最前線で武功を重ね続けた歴戦の実力者として知られます。

はじめは北近江の浅井長政に仕えていましたが、のちに織田信長へ鞍替えしました。元亀元年(1570年)の浅井・朝倉軍との対峙をはじめ、一乗谷合戦や天正伊賀の乱、甲州征伐などで軍功を挙げます。天正10年(1582年)の武田攻め後には、丹羽長秀や堀秀政といった錚々たる重臣とともに草津温泉での湯治を許されるなど、信長から高い評価を受けていました。

本能寺の変後は秀吉に仕え、小牧・長久手の戦いでは兵300を率いて参戦。その後、秀吉の命で弟・秀長の家臣となり、大和国に2千石を拝領します。天正15年(1587年)の九州征伐に従軍するも、陣中で病没しました(没年は諸説あり)。

知名度こそ高くないものの、主君が移り変わる乱世を現場の武功一本で生き抜き、豊臣兄弟の天下取りを支えた名脇役の一人です。

多賀常則・人物データ

  • 生没:生年不詳~天正15年(1587年)4月20日没?
  • 出身:近江国か
  • 主君:浅井長政→織田信長→羽柴秀吉→羽柴秀長
  • 戦歴:浅井・朝倉攻め、伊賀攻め、武田攻め、小牧・長久手の戦い、九州征伐など
  • 知行:大和国2千石(秀長家臣)
  • 通称:新左衛門尉
  • 官位:伊予守
  • 戒名:洞悦
  • 子女:多賀常直
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